2008年11月07日
新聞が書かない、ゴミ問題の本音を城間俊安南風原町長が語る!
とことん改革!那覇市長、翁長雄志(オナガタケシ)公式サイト

翁長雄志後援会 女性部総決起大会 10月20日(月)パシフィックホテル19時
城間俊安南風原町長挨拶
皆さんこんばんは。冒頭で稲嶺前県知事からお褒めいただき恐縮しております。
どうして私がこの場に、市町村長の代表として参加しているかと申しますと、那覇市と南風原町のゴミ施設、環境問題において切っても切れない関係があるからです。
南風原町民は那覇市民に対し心の底から怒りを持っていました。南風原町にはゴミ施設、最終処分場があります。ゴミ施設については協定があるものの、「協定は協定であり、履行されたものはなにもない」という状態でした。
例えば最終処分場ではサンドイッチ法、つまりゴミを埋め、土をかぶせて、その上にゴミを敷きさらに土をかぶせるという処理方法が協定で決まっていましたが、履行されたことは一度もありませんでした。実際に行われていたのは、ゴミの上に燃やした灰をかぶせて、その上にゴミを敷き、さらにその上に灰をかぶせるということでした。大雨が降るたびに蠅がたかり異常発生する状況でした。「協定を履行してくれ」とお願いしても、最終処分場は聞くだけで実行しない状態が続きました。
最終処分場から醤油のような汚水が大雨のたびに南風原の河川に流れました。これを「浄化して欲しい」と要望しましたが、「これだけの大量の汚水は処理施設の規模が小さいからできない」とのことでした。これもいつもたらいまわしの状態でした。醤油のような汚水を河川に流すというのは、環境の面からもいかがなものかと思います。
しかし、この問題を解決したのは翁長市長であります。
「これだけ深刻であれば」と実際ゴミ処理場の現場を見て、「サンドイッチ法なら蠅は発生せず、問題も解決するということなら、即実行しましょう」と言って、翁長市政誕生して本当に即行動に移したのが翁長雄志市長でした。
「那覇市民が南風原町に迷惑をかけていることは、きっちり解決していきます。処理施設が小さければ大きな施設を入れましょう」と言って即、8,000万円かけて大きな施設を設置していただきました。今ではいつでもきれいな水が流れています。これも翁長市長のおかげです。

皆さん、翁長雄志市長のように実行できるかどうかです。
学者や専門家に金を出してお願いすれば絵を描くことは容易くできますが、これを本当に生活と密着した視点で行動に移し、解決できるのは翁長市長しかいません。翁長市長だからこそできるのです。
以前のゴミ処理場はいわゆる「コンポスト」のようで、周囲に悪臭が立ち込めていました。開邦高校から処理場へつながる道は、パッカー車が通るとゴミが舞う状態でした。当時は「清掃します」といいながら、1年に一度か二度は清掃したかもしれませんが、そのまま放置しているようでした。
これも翁長市長が「私がきれいな道にします」と言って行動に移し、解決したのです。
現在、ゴミ処理場は環境クリーンセンターと呼ばれますが、まさに「クリーンセンター」そのものです。今はパッカー車が処理場に入ってくると、即シャットアウトして臭いが外にもれないようにしっかり整備しています。処理場につながる道もいつもきれいに保たれています。近隣の開邦高校に行っても臭いはしないと思います。おそらく開邦高校の学生さんたちも喜んでいると思います。
こうして実行、行動を起こす方こそ翁長市長です。
翁長市長の緻密で、粘り強い行動が今のゴミ処理場の建設につながったと言えます。
こういうエピソードがあります。当時、翁長市長は「ゴミ処理場を建設させてください」と南風原町の地域の皆さんにお願いに伺ったのですが、地域に入ることもできないぐらいバッシングを受けました。地域の方々からは「皆さんは口先だけで実行しない。過去のことをちゃんと清算してから説明しなさい」と叱られるだけでした。私もそうでしたが、翁長市長も本当は行きたくなかったと思います。そのぐらいバッシングを受けました。
しかしながら、「南風原の地域の皆さんに、私たちが迷惑かけていることについては、市議会以外の日には、はどんな会合でも最優先して責任を持って説明に伺います」と言って、翁長市長は再三再四、どんな大きな会合にも、10名、20名のどんな小さな会合にも足を運んで説明したのです。
翁長市長は50回も100回も、とにかく何回も会合を開き、説明に伺ったのです。しかし、その度にいつも苦言ばかり。今日行って叱られ、明日行っても叱られ、褒められることは一度もありませんでした。しかし「過去を清算するために行動する、実行する」という翁長市長の姿勢が、地域の皆さんの心境に変化を与えたようでした。

環境クリーンセンターがある東新川地域においての出来事です。
会合のたびに非情なほど苦言があった地域でした。ところが、最後の最後に「私たちは建設に反対ですが、市長の考えは理解できます」とおっしゃったのです。そして「今日はありがとうございました」とお礼をし、翁長市長が帰ろうとしたとき、なんと地域の皆さんが拍手で送ってくれたのです。初めての経験でした。翁長市長も私も心のそこから「行動を起こし実行すると、いつかは理解していただけるものだ」と感激し、握手をしたことは本当に今でも忘れられません。翁長市長も忘れていないと思います。
どんな難問題であっても、地域の皆さんに対し「口先だけでなく、私たちが本当に心のそこから足を運び、行動をおこしていけば理解していただける」ということを自ら証明したのが翁長雄志市長です。
このように那覇市民のために、そして沖縄県民のために実行し、一生懸命働いている那覇市長を応援することは、公明、自民の皆さんはもちろんのこと、野党の皆さんも含め、我々にとって当然のことだと、義務だと思っています。私も一生懸命がんばって翁長市長を応援していきます。
本来なら、もっと時間をかけて、そして私の翁長市長に対するおもいも含め「翁長市長は、こういう市長ですよ」といろいろご紹介したいのですが、時間が限られていますのでここで終わらせて頂きます。
どうもありがとうございました。
(翁長雄志後援会女性部総決起大会にて、城間俊安南風原町長挨拶)

翁長雄志後援会 女性部総決起大会 10月20日(月)パシフィックホテル19時
城間俊安南風原町長挨拶
皆さんこんばんは。冒頭で稲嶺前県知事からお褒めいただき恐縮しております。
どうして私がこの場に、市町村長の代表として参加しているかと申しますと、那覇市と南風原町のゴミ施設、環境問題において切っても切れない関係があるからです。
南風原町民は那覇市民に対し心の底から怒りを持っていました。南風原町にはゴミ施設、最終処分場があります。ゴミ施設については協定があるものの、「協定は協定であり、履行されたものはなにもない」という状態でした。
例えば最終処分場ではサンドイッチ法、つまりゴミを埋め、土をかぶせて、その上にゴミを敷きさらに土をかぶせるという処理方法が協定で決まっていましたが、履行されたことは一度もありませんでした。実際に行われていたのは、ゴミの上に燃やした灰をかぶせて、その上にゴミを敷き、さらにその上に灰をかぶせるということでした。大雨が降るたびに蠅がたかり異常発生する状況でした。「協定を履行してくれ」とお願いしても、最終処分場は聞くだけで実行しない状態が続きました。
最終処分場から醤油のような汚水が大雨のたびに南風原の河川に流れました。これを「浄化して欲しい」と要望しましたが、「これだけの大量の汚水は処理施設の規模が小さいからできない」とのことでした。これもいつもたらいまわしの状態でした。醤油のような汚水を河川に流すというのは、環境の面からもいかがなものかと思います。
しかし、この問題を解決したのは翁長市長であります。
「これだけ深刻であれば」と実際ゴミ処理場の現場を見て、「サンドイッチ法なら蠅は発生せず、問題も解決するということなら、即実行しましょう」と言って、翁長市政誕生して本当に即行動に移したのが翁長雄志市長でした。
「那覇市民が南風原町に迷惑をかけていることは、きっちり解決していきます。処理施設が小さければ大きな施設を入れましょう」と言って即、8,000万円かけて大きな施設を設置していただきました。今ではいつでもきれいな水が流れています。これも翁長市長のおかげです。

皆さん、翁長雄志市長のように実行できるかどうかです。
学者や専門家に金を出してお願いすれば絵を描くことは容易くできますが、これを本当に生活と密着した視点で行動に移し、解決できるのは翁長市長しかいません。翁長市長だからこそできるのです。
以前のゴミ処理場はいわゆる「コンポスト」のようで、周囲に悪臭が立ち込めていました。開邦高校から処理場へつながる道は、パッカー車が通るとゴミが舞う状態でした。当時は「清掃します」といいながら、1年に一度か二度は清掃したかもしれませんが、そのまま放置しているようでした。
これも翁長市長が「私がきれいな道にします」と言って行動に移し、解決したのです。
現在、ゴミ処理場は環境クリーンセンターと呼ばれますが、まさに「クリーンセンター」そのものです。今はパッカー車が処理場に入ってくると、即シャットアウトして臭いが外にもれないようにしっかり整備しています。処理場につながる道もいつもきれいに保たれています。近隣の開邦高校に行っても臭いはしないと思います。おそらく開邦高校の学生さんたちも喜んでいると思います。
こうして実行、行動を起こす方こそ翁長市長です。
翁長市長の緻密で、粘り強い行動が今のゴミ処理場の建設につながったと言えます。
こういうエピソードがあります。当時、翁長市長は「ゴミ処理場を建設させてください」と南風原町の地域の皆さんにお願いに伺ったのですが、地域に入ることもできないぐらいバッシングを受けました。地域の方々からは「皆さんは口先だけで実行しない。過去のことをちゃんと清算してから説明しなさい」と叱られるだけでした。私もそうでしたが、翁長市長も本当は行きたくなかったと思います。そのぐらいバッシングを受けました。
しかしながら、「南風原の地域の皆さんに、私たちが迷惑かけていることについては、市議会以外の日には、はどんな会合でも最優先して責任を持って説明に伺います」と言って、翁長市長は再三再四、どんな大きな会合にも、10名、20名のどんな小さな会合にも足を運んで説明したのです。
翁長市長は50回も100回も、とにかく何回も会合を開き、説明に伺ったのです。しかし、その度にいつも苦言ばかり。今日行って叱られ、明日行っても叱られ、褒められることは一度もありませんでした。しかし「過去を清算するために行動する、実行する」という翁長市長の姿勢が、地域の皆さんの心境に変化を与えたようでした。

環境クリーンセンターがある東新川地域においての出来事です。
会合のたびに非情なほど苦言があった地域でした。ところが、最後の最後に「私たちは建設に反対ですが、市長の考えは理解できます」とおっしゃったのです。そして「今日はありがとうございました」とお礼をし、翁長市長が帰ろうとしたとき、なんと地域の皆さんが拍手で送ってくれたのです。初めての経験でした。翁長市長も私も心のそこから「行動を起こし実行すると、いつかは理解していただけるものだ」と感激し、握手をしたことは本当に今でも忘れられません。翁長市長も忘れていないと思います。
どんな難問題であっても、地域の皆さんに対し「口先だけでなく、私たちが本当に心のそこから足を運び、行動をおこしていけば理解していただける」ということを自ら証明したのが翁長雄志市長です。
このように那覇市民のために、そして沖縄県民のために実行し、一生懸命働いている那覇市長を応援することは、公明、自民の皆さんはもちろんのこと、野党の皆さんも含め、我々にとって当然のことだと、義務だと思っています。私も一生懸命がんばって翁長市長を応援していきます。
本来なら、もっと時間をかけて、そして私の翁長市長に対するおもいも含め「翁長市長は、こういう市長ですよ」といろいろご紹介したいのですが、時間が限られていますのでここで終わらせて頂きます。
どうもありがとうございました。
(翁長雄志後援会女性部総決起大会にて、城間俊安南風原町長挨拶)
Posted by きじむなーのゆうちゃん at 14:38
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